私が撮りたかった女優展vol4を観に行ってきた。撮影したフォトグラファーのトークセッションもその日の夜に行われていたのでそれも一緒に聞いた。
個人的に印象に残ったのはMiss Beanさんが三吉彩花を撮った写真だった。まず「女優」というコンテキストを咀嚼して、それを通して自身の感じていることや表現したいことを、被写体を通して伝えようとしいる。伝えたいことが明確にあり、それに対して写真を構成している。明確に「表現」をすることが行われていたと感じた。
程度の問題かもしれないが、他のフォトグラファーが撮った写真は「女優というコンテキスト」にフォーカスしたというよりは「人物そのもの」にフォーカスしたように見えた。適切な言葉は思いつかないが前者が「構成されたメッセージの表現」だとするならば「構成された現象の記録」というのが近い気がする。
このように感じるのは知覚と表示されたものの距離の問題だと思う。前者はより距離が遠く、後者はより近い。その間に挟まっているのは思考とその整理だと思う。写真の面白いところは構造的に「記録」的なものを内包するから、前者の場合も知覚と直結された表示が行われることだと思う。被写体自体の表現は、ダイレクトに鑑賞者の知覚に届く。
写真は「記録」と「表現」が同居することができるメディアだと感じた。ただ、「記録」は必ずその中に内包され、「表現」は必ずしもその中に内包されるわけではないという面白さがあると思った。