詳しくはプロローグを読むといいと思います。基本的には、科学と技術についての内容が多かったと思います。
読み終えたと言っても、内容は多くの前提となる知識を要するもので、七割ちかくはチンプンカンプンだったと思います。特に、権力、体力、実力という言葉を使って語られていた政治的な思想の部分や、「工作人」がなぜ特別な存在なのかについてか(ココは結構話題の核となる部分だったのですが....)という事について語られている部分はいまいち理解できない部分でした。もともと言葉の扱いが複雑であった事と、いわゆる近代以前の政治、思想、宗教についての前提知識が皆無に近いので、なかなか理解するという所まではたどり着けませんでした。
父にこの事を話したところ、ハンナアーレントは、ユダヤ人で、ナチスの迫害から逃れてアメリカに亡命した過去があって、それを前提として読むと面白い、ということで伝記を読む事を進められましたが、「理解できない」や「違和感をかんじる」ということはとても大切な事だとおもったので、あえてそういったものを前提知識として取り込まずに、わからないところはわからないままで読み進めていきました。その部分については、そのうち気になったら調べてみようかなと思っています。
序文に関しては、とても刺激的な内容でした。難しくはなく数ページなので読んでみると面白いです。
最後の方に書かれた1文でこの本で語ろうとしていた理由の一遍が伺えます。
本書はこの現代世界を背景にして書かれたものであるが、現代世界そのものについては議論しない。いいかえると、人間の条件そのものが変化しない限り二度と失われることの無い人間の一般的能力の分析に限定されている。
人間の生活が機械化することによってさまざまなことが変わっていったように見えているが、自然のサイクルから、労働のサイクルへかわっていっただけで、決して人間が自然的(動物的?)な生き方から脱したのではなく、抽象的な視点からいえば同じような逃れる事のできないサイクルの中で生きている。そして、そういう世界の中で、「人間」が「人間」として育むべき社会というのが見失われてしまっているのではないか、という事に警鐘を鳴らしているという事がなんとなくですが伝わってきた気がします。
こういった世界を目の当たりにしたとき、次の時代を人はどのように生きる事ができるのか。今、誰の目に見ても世の中が大きく変わりつつあるとおもいます。株価の下落のような資本主義の揺らぎ、大きな災害、宇宙についての話、様々な場所でおこっている革命、昨日は光の速度を超える物質の計測結果がでるなるなどがありましたっけ。そういう新しい変化が起こっている中で、次にどういった世界、社会を目指していくのか、時代をどう見ていく事が欲されているのか。そういうことについてこの本はかたりかけているような気がします。とても難しくてチンプンカンプンですが、今、この本を読む事にはきっと意味があります。
そんな漠然とした思いを寄せながら、この本を読み終えました。また、理解できるようになったとき、もう一度読みたい。そんな一冊でした。
難しいので、松岡正剛さんの読みを。僕は割と的外れな読み方だったような気もします。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0341.html
どうせなのでwikipediaも貼っときます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%AE%E6%9D%A1%E4%BB%B6
次は、メルロポンティ「知覚の現象学」を読み進めます。
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