2011年。
いろいろな事がありました。遠く起こった出来事も、身の周りに起こった出来事も。身の毛のよだつような出来事にも、ささやかな日常のふとした瞬間にも、たくさんの想いを馳せるような一年でした。きっと2011年というこの年を忘れることはないでしょう。一言では語り尽くせませんが、お気にかけてくださいました皆様には、ただただ感謝の意をお伝えいたしたく存じあげます。そのおかげで、苦しい時でさえもとても有意義な日々を送る一年にする事ができました。来年も日々精進して参りますので、なにとぞよろしくお願いいたします。
それでは皆様、よいお年を。
2011年12月31日土曜日
2011年12月24日土曜日
【雑記】ふりかえり。
少し昔のことを振り返ろうと思って、Mixiの方に書いていた日記を久しぶりに掘り起こしてみると、よくもまぁ毎日、毎日、あきもせずに日記を付けている。なんて、そんな事を考えながらちらちらと眺めていると、忘れかけていたことや、その時の気持ちを思い出すことができてとてもいいものですね。ほとんどはとてもクダラナイ内容なのに。最近は文章を書く事も少なくなってしまったので、徐々に書く機会を増やしていきたいと思います。
2年前、自分が考えていた事や苦しかった事を思い出して、またがんばろう。って思った。
それではみなさん、メリークリスマス。
2年前、自分が考えていた事や苦しかった事を思い出して、またがんばろう。って思った。
それではみなさん、メリークリスマス。
2011年12月18日日曜日
【雑記】個人用名刺きた(再入稿)
なんと、以前作成した個人用名刺が、一枚も配らないうちに綴り間違いに気がつくという大失態をしでかしたので、今回は改めて入稿。
自己主張するのも面倒くさい(セミナーとかで必要な時に使うようだったりなので)ので、シンプルに。肩書きとか無いっす。そのうちGithubのリポジトリになんかあげたりしたらそれはのせたりしたいなぁ。とか思ったりしてますん。
2011年12月11日日曜日
2011年12月3日土曜日
【雑記】接客されるということ
忙しくて、書くことも書くヒマも物理的に存在していないので、あまり文章というものをかけていませんでした。久々に何か書いておきたくなったので、書いておこうと思います。
微々たることですが、最近「接客されるということ」を意識するようにしています。ようするに、ものを買う時にちゃんと会話をする。というような本当は当たり前のことなんでしょうが、最近は特に意識をするようにしています。
量販店系のレジを打つ人は結構マニュアル化されてしまっているようで、しゃべるのが早いです。コンビニは結構会話を意識してくれて、何度か行くと顔を覚えてくれることが多いです。飲み屋や、弁当屋は普通に「今日は寒いですね」とか「この辺にすんでいるんですか?」と話をしてくれます。ちょっとだけその街や店に行ったりするのが楽しくなったりします(オマケしてもらったり!!)
自分が、この人素敵だなって思う人は、たいていそういうのを面倒くさがらない人だったりします。
なので、意識しなくても自然にできるようになるまで少しずつして行こうと思います。
そういう日常いいですね。
微々たることですが、最近「接客されるということ」を意識するようにしています。ようするに、ものを買う時にちゃんと会話をする。というような本当は当たり前のことなんでしょうが、最近は特に意識をするようにしています。
量販店系のレジを打つ人は結構マニュアル化されてしまっているようで、しゃべるのが早いです。コンビニは結構会話を意識してくれて、何度か行くと顔を覚えてくれることが多いです。飲み屋や、弁当屋は普通に「今日は寒いですね」とか「この辺にすんでいるんですか?」と話をしてくれます。ちょっとだけその街や店に行ったりするのが楽しくなったりします(オマケしてもらったり!!)
自分が、この人素敵だなって思う人は、たいていそういうのを面倒くさがらない人だったりします。
なので、意識しなくても自然にできるようになるまで少しずつして行こうと思います。
そういう日常いいですね。
2011年11月20日日曜日
【日記】2011.11.20
酒でも飲まなきゃやってられっか!!
などとお決まりのジョーダンを飛ばしつつ、最近せっかくもやしもんにハマったので、少しずつおいしいお酒探訪をしたいと思いたち、ついに地元の酒屋デブー、もといデビュー(?)、店にいたおばちゃんはいまいち良くわかっていなかったのか、はたまた面倒くさくかったのか、わりとテキトーな感じの説明だったけど、とりあえず新潟の地ビールをコーヌーしてみました。
苦みが薄くて、味はぶどうのような感じの若干フルーティー。アルコールもさほど強くない感じでさっぱりはしていた。若干発砲が弱い(これは別のことが原因?)。こうクッっとくる苦みがあるのが自分にはあっているかもしれないなぁ、などと思った。
見てみたらエールというの自体がフルーティーなものらしいですねー。個人的には星二つ(☆☆)ってところかな。さぁ、次行こー。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AB_(%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%AB)
※この☆はおいしい度ではなく、自分の好み度です。
2011年11月13日日曜日
【書籍】『世界でもっとも美しい10の物理方程式 』
世界でもっとも美しい10の物理方程式
ロバート・P・クリース (著), 吉田 三知世 (翻訳)
これを高校の時に読んでいれば.....という内容でした。おもしろくて4日で読んでしまいました。
科学の解説本で、公式や等式の説明も多く含んでいましたが、それを発見する科学者の喜びと、そこまでにある多大なる葛藤を描いたショートショートのような内容でした。脚色されている部分はある程度はあると思うのですがノンフィクションです。
ファインマンさんの言う通り、科学を知るということは、冷たく形のはっきりしたものを求める冷徹なものではなく、その先にあるまだ見ぬ世界、決まり得ぬ世界の深淵の神秘さに魅せられたとても詩的な欲求をはらんでいると言うことをとても生き生きと感じさせてくれる本でした。
個人的にはオイラーの等式のところが面白く、テイラー展開や三角関数などを用いて解けるため、ちょうど高校卒業したぐらいで、マジメに受験勉強をしたひとなら理解できるだろう内容でした。自分のリーチに一番近かったということもあげられると思いますが、そういう意味で高校卒業前に読んでいたならば、もしかしたら数学や物理にもっと魅せられた今を送っていたのかもしれません。
上記内容に関して、せっかくなので「困ります、ファインマンさん」からの引用を転載します
ロバート・P・クリース (著), 吉田 三知世 (翻訳)
これを高校の時に読んでいれば.....という内容でした。おもしろくて4日で読んでしまいました。
科学の解説本で、公式や等式の説明も多く含んでいましたが、それを発見する科学者の喜びと、そこまでにある多大なる葛藤を描いたショートショートのような内容でした。脚色されている部分はある程度はあると思うのですがノンフィクションです。
ファインマンさんの言う通り、科学を知るということは、冷たく形のはっきりしたものを求める冷徹なものではなく、その先にあるまだ見ぬ世界、決まり得ぬ世界の深淵の神秘さに魅せられたとても詩的な欲求をはらんでいると言うことをとても生き生きと感じさせてくれる本でした。
個人的にはオイラーの等式のところが面白く、テイラー展開や三角関数などを用いて解けるため、ちょうど高校卒業したぐらいで、マジメに受験勉強をしたひとなら理解できるだろう内容でした。自分のリーチに一番近かったということもあげられると思いますが、そういう意味で高校卒業前に読んでいたならば、もしかしたら数学や物理にもっと魅せられた今を送っていたのかもしれません。
上記内容に関して、せっかくなので「困ります、ファインマンさん」からの引用を転載します
僕の友達に絵描きがいて、これがときたまどうも僕の承服しかねるような考え方を主張する。 たとえば彼は一輪の花をとりあげて、「ほら見ろよ。 実にきれいだろう?」 と言う。 これには僕もまったく賛成だ。 ところが彼は続けて 「僕は絵描きだからこの花の美しさがわかるが、科学者の君ときた日にゃ、まず第一にこれをバラバラにしてみようとしたりするから、せっかくの花もてんで味気ないものになっちまうんだ」 と言ったりする。 これはいささかとんちんかんな言い分だと思う。 そりゃあこっちは芸術家の彼ほど美的に洗練されてはいないかもしれないが、彼が見ているその美しさというものは、僕を含めたあらゆる人間に通用するもののはずだし、僕にだって花の美しさはよくわかる。 しかも同時に、この花について彼が見ているものよりずっとたくさんのすばらしいものが、僕にはちゃんと見えるんだ。 花の中の細胞を僕は想像できる。 それもまたある美しさを持っているのだ。 僕はここでたった1cm四方などという限られた次元の美しさだけを言っているのではない。 もっと微小な次元にも美しさというものがあるのだ。 そういった次元には、細胞のこみ入った活動やさまざまな過程がちゃんと存在している。 そもそも花の色合にせよ、昆虫をおびきよせて受粉するようにしむけるために次第に進化したもので、つまり昆虫たちに色というものがちゃんとわかるということだから、これだって実に面白い。
そう見てくるとまったくさまざまな謎が生まれてくる。 たとえば単純な生きものにも僕らみたいな美的感覚というものがあるのだろうか? 科学の知識はこういった実に面白い疑問を通して、花の神秘さや、胸のときめくようなすばらしさ、そしてこの美しさへの畏敬の念といったものをいよいよ大きくするものなのだ。 科学は花の美しさにますます意味を与えこそすれ、これを半減してしまうなどとは僕にはとても信じられない。
「困りますファインマンさん」(p68)
R.P.ファインマン / 大貫晶子[訳] 岩波現代文庫
【絵】半年
illustratorや、photoshopはいろいろあって結構大学時代も使っていたんだけれども、絵は仕事を始めるまでほとんど描いたことがなかった(高校の時の選択は音楽だった!)のですが、さすがに仕事がらそれでいいのかって思ったので、半年前くらいから練習を始めている。
左が6月頃に描いたもの、右が今日描いたもの。
家族には「なにを描いたのだかよくわからない」「光の入れ方が微妙」など、いろいろ指摘を受けたけど、だいぶうまくなったと思うって自分で言っちゃう。
とりあえず、少しずつでもいいから練習しようと思っている。
ちなみに左に描かれているものはみかんではなくてリンゴである。右は「布の袋」
ラベル:
drawing
2011年11月6日日曜日
2011年11月5日土曜日
【web】ドメイン取得!
初めてドメインを取得した。
うれしいねぇ、うれしいねぇ。
中身は何も無いんだけれどね。
推奨環境:Courier書体の入っているOS / HTML5がレンダリングできる環境。
確認はMacのChromeとiPhoneのSafariしかしてません。
ドメイン取得がうれしくて、ささっと作ったので。
http://tsukajizo.com/
等幅だとちょっと不格好なので、時間見つけてカーニングを調整したいね。
2011年10月30日日曜日
【food】ブラウニー
いただき物のおいしいウイスキーのおつまみに、ブラウニーを焼いた。
無印の「自分で作るセット」を使ってみたんだけど、らくちんすぎて自分で作る楽しみが少し薄い感じ。別に誰かにあげるわけでもないし、作るのが好きな人にはものたりないかもしれませんね。準備は楽だけど。
http://www.muji.net/store/cmdty/detail/4548718719563
2011年10月29日土曜日
2011年10月25日火曜日
2011年10月22日土曜日
【日記】2011.10.22
DCEXPO(Digital Content Expo)へ行ってきました。
Kinectネタ多そうだなと思ってたら、案の定でした。あと多かったのは3D系(テレビなど)かなって思いました。あの3D眼鏡のシュールさはすごいですね、おじさんが普通の場所で3D眼鏡で歩いているのを見て吹き出しそうになりました。
個人的には、写真の展示が一番興味を引かれました。チームラボさんのテーブルがお気に入りでした。処理の方法についての話も少し聞けたのでとても楽しかった。
詳細はこちら:http://www.team-lab.net/portfolio/teamlabtable
家に帰った後、久しぶりにほとんど触っていないPhotoshopをいじってみた。特に素材もないので、自分の目を使って練習。wikipediaのウサギちゃんと合成をしようというつもりで、作成。撮った自分の目があまりに気持ちが悪い。
【1枚目:元画像 2枚目:補正後 3枚目:合成後】
画像が小さめなのでごまかせているけれど、正直あんまりきれいにできなかった。というか、どういうやり方がセオリーなのか全くわからないけれどたまには練習しよう。あと、勉強するために参考にできるサイトとかを聞いておこう。
2011年10月21日金曜日
2011年10月16日日曜日
【本日の30分ドローイング】2011/10/16
本日の30分ドローイング
練習。プリン。
【ユニ/2H】
Photoshopでグレースケールに変更。少し明るめに。
ナタプリの会で食べたプリンの一つをイラストにしてみました。
本当はMVPプリンも描こうとしてたのですが、
あまりにうまくかけなかったためのせるのをやめました。
イラストっぽく稜線を強調しようとしてみたけれど、あんまりよくないかもしれません。
ラベル:
drawing
2011年10月15日土曜日
【書籍】「密教世界の構造」 宮坂 宥勝
「密教世界の構造」 -空海『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』
宮坂 宥勝 著
を読みました。一言の感想から言うと
密教はおもしろい。
と思わせるような本でした。宗教的な教えを説きそのすばらしさを伝えるという内容ではなく、空海の世界観、思想観から生まれた広大な哲学的な背景と、その構造の解説というのが主な内容でした。
密教はおもしろい。
ここでいう「おもしろい」という感想を得たのには大まかに言うと二つの理由がありました。ひとつは、その広大で奥深い思想的背景、そしてもう一つはそこから生まれる美しき日本語文化についてです。
本著の前半では、空海の生い立ちからその思想全般について、中盤以降からは、空海の主著のひとつである『十住心論』(じゅうじゅうしんろん)、正確には『秘密曼陀羅十住心論』から読み解く、空海の思想観、世界観についての解説という内容でした。ここで展開されている「十住心」とは、人間の心について十の項にまとめ示したものであると空海はいっているそうです(p54)
その中でも、特に第七住心、第八住心、第九住心については非常に興味深いところでした。
本来ならば、一つ一つ流れの中で、説明していくのが筋であり、しかも密教の本質は第十心にあるとのことであるそうなのですが、今回はそこについては特に触れず、覚え書き程度に特に印象に残った第七住心について書き留めておく事にします。
第七住心
これはそもそも、仏教の概念で、般若心経の中で『色即是空』というフレーズで語られているものだそうです。聞いた事はありました。空海の説明の中でも「色すなはち是れ空、空すなわち是れ色なり」ということばとして第七住心の説明の導入部分で使われているそうです。浅はかながら、乱暴に要約すると、存在しているもの(色)、そしてそれはつまり、すべて姿なきもの(空)であってそこに特別なものは無い。逆もまたしかりである、という事なんだろうと思いました。(間違いがあるようならご指摘を。)これは存在自体を否定する事によって、すべてのものを人間の人間としての価値観から解き放つという考え方に基づいているように思えました。
西洋的な哲学の中では、人間は動物とは違って特別な存在であるという価値観が大きく根付いている(先日読んだハンナアーレントの人間の条件)ような印象を常々うけ、それを前提に世界観を展開しているように感じてそれ自体あまり好きではないので、個人的にこういった人間世界の考え方はとても好きなのです。
また、この”色”や”空”という言葉についての感覚も、この「色即是空」の解釈によってだいぶ変わってくると思いました。
たとえば「いろはカルタ」でおなじみ涅槃経のいろはうたの出だしです。
”いろ”はにおへど、というのもの「色」に「存在しているすべてのもの」という意味があるということを考えると、その言葉に含まれる印象が一気に広がりを見せてくれます。ネット軽く調べると「いろはにおへど」で、”美しい人”、”美しい花”と解釈しているものを見かけましたが、それも間違いというのではなく、そういった詩的意味合いから、「存在しているすべてのもの」と展開させる事で、一気に哲学的な語りへと誘ってくれるような感覚をうけました。ここに日本文化の神髄が....といってしまうと大げさかもしれませんが、どこか大きな流れに通ずるところは少なからずあるのではないかというのが素直な感想です。
さとりを開きたい訳でも、誰かにすがって救われたいとも思いませんが、こういう意味で仏教を学ぶのも面白いと思うのでした。
ちなみに、読み進めていくともっと現象学的なものだったり、興味深い思想観がちりばめられています。難しことは書いていないので、興味があればご一読を。
宮坂 宥勝 著
を読みました。一言の感想から言うと
密教はおもしろい。
と思わせるような本でした。宗教的な教えを説きそのすばらしさを伝えるという内容ではなく、空海の世界観、思想観から生まれた広大な哲学的な背景と、その構造の解説というのが主な内容でした。
密教はおもしろい。
ここでいう「おもしろい」という感想を得たのには大まかに言うと二つの理由がありました。ひとつは、その広大で奥深い思想的背景、そしてもう一つはそこから生まれる美しき日本語文化についてです。
本著の前半では、空海の生い立ちからその思想全般について、中盤以降からは、空海の主著のひとつである『十住心論』(じゅうじゅうしんろん)、正確には『秘密曼陀羅十住心論』から読み解く、空海の思想観、世界観についての解説という内容でした。ここで展開されている「十住心」とは、人間の心について十の項にまとめ示したものであると空海はいっているそうです(p54)
その中でも、特に第七住心、第八住心、第九住心については非常に興味深いところでした。
本来ならば、一つ一つ流れの中で、説明していくのが筋であり、しかも密教の本質は第十心にあるとのことであるそうなのですが、今回はそこについては特に触れず、覚え書き程度に特に印象に残った第七住心について書き留めておく事にします。
第七住心
一切は空なりという空の哲学を通して、自らの心の永遠性を認識する。(p242)
存在するもの(色)は空に他ならないから、もろもろの存在をたてるものの、それはそのまま、さながらにして空である。空は存在するものにほかならないから、存在の諸相を否定するものの、それはとりもなおさずに存在として実在する。だから存在するものは空であり、空はそのまま存在するものである。諸々の現象している存在もまた同様であるから、そのようでないものは何者も無い。(p178)
これはそもそも、仏教の概念で、般若心経の中で『色即是空』というフレーズで語られているものだそうです。聞いた事はありました。空海の説明の中でも「色すなはち是れ空、空すなわち是れ色なり」ということばとして第七住心の説明の導入部分で使われているそうです。浅はかながら、乱暴に要約すると、存在しているもの(色)、そしてそれはつまり、すべて姿なきもの(空)であってそこに特別なものは無い。逆もまたしかりである、という事なんだろうと思いました。(間違いがあるようならご指摘を。)これは存在自体を否定する事によって、すべてのものを人間の人間としての価値観から解き放つという考え方に基づいているように思えました。
西洋的な哲学の中では、人間は動物とは違って特別な存在であるという価値観が大きく根付いている(先日読んだハンナアーレントの人間の条件)ような印象を常々うけ、それを前提に世界観を展開しているように感じてそれ自体あまり好きではないので、個人的にこういった人間世界の考え方はとても好きなのです。
また、この”色”や”空”という言葉についての感覚も、この「色即是空」の解釈によってだいぶ変わってくると思いました。
たとえば「いろはカルタ」でおなじみ涅槃経のいろはうたの出だしです。
いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ つねならむ
”いろ”はにおへど、というのもの「色」に「存在しているすべてのもの」という意味があるということを考えると、その言葉に含まれる印象が一気に広がりを見せてくれます。ネット軽く調べると「いろはにおへど」で、”美しい人”、”美しい花”と解釈しているものを見かけましたが、それも間違いというのではなく、そういった詩的意味合いから、「存在しているすべてのもの」と展開させる事で、一気に哲学的な語りへと誘ってくれるような感覚をうけました。ここに日本文化の神髄が....といってしまうと大げさかもしれませんが、どこか大きな流れに通ずるところは少なからずあるのではないかというのが素直な感想です。
さとりを開きたい訳でも、誰かにすがって救われたいとも思いませんが、こういう意味で仏教を学ぶのも面白いと思うのでした。
ちなみに、読み進めていくともっと現象学的なものだったり、興味深い思想観がちりばめられています。難しことは書いていないので、興味があればご一読を。
2011年10月10日月曜日
【日記】2011.10.10
コスモスが咲き西日が差し込んで、夕焼け色に染まった秋の小道を自転車で走っていると、雑になった心にキッと冷たい水を差し込んでくれるような、そんな気持ちにさせられます。
さて、先日高校の友人から中学、高校と所属していた囲碁の同好会のOBの合宿があるという一報をもらい、長らく離れていた囲碁をたまには打ってみたいという心持ちになったので、当時春合宿で毎年お世話になっていた三浦海岸の「武の屋」を訪ねてきました。
宿に着くと、ウェルカムドリンクと称した日本酒を一杯いただき、すぐに碁を一局、夕食と風呂をいただいた後、二局、次の日朝起きてから一局、久しぶりに打ったおかげでかなり忘れていて、結局全敗してしまいましたが、しっかりと碁が打ててよかったです。海の見える民宿で浴衣を着て日本酒を飲みながら碁を打つ、日本に生まれてよかったと思う瞬間ですね。言ってみたかっただけです。
久々の武の屋もとても懐かしかったし、海岸を散歩できたし、自分が大人に成ったおかげか、昔はつまらないと思っていた先生のお話も、今では普通に笑いを挟みつつ聞けるようになりました。
とても有意義な小旅行になった気がします。
2011年10月7日金曜日
覚え書き程度に。
Steve Jobsが亡くなったのが、昨日大きな話題を呼びましたが、僕自身もAppleにはApple Computer時代からお世話になっているので、聞いた時は切ない気持ちになりました。プログラミングを始めたきっかけもPIXARだし、小学生のときゲーム機はあまり買わせてもらえなかった(自分の小遣いでも嫌な顔をされてた)けれど、MacFanについていたフリーウェアにはだいぶ遊んだのを覚えています。Art School Dabbler,Canvas,Mathmatica,小学校5年頃の図工の授業でMac OS8のロゴのオマージュ(パクリ)を書いた事もありました。OS 8へのアップデートでソフトとの互換性が悪くなって爆弾を見る事が多くなって壊れるまでずっといじってました。テレビが無かった時期もパソコンがありました。
イタチョコシステムなんてのも懐かしいですね。
ご冥福をお祈りいたします。
Steve Jobsが亡くなったのが、昨日大きな話題を呼びましたが、僕自身もAppleにはApple Computer時代からお世話になっているので、聞いた時は切ない気持ちになりました。プログラミングを始めたきっかけもPIXARだし、小学生のときゲーム機はあまり買わせてもらえなかった(自分の小遣いでも嫌な顔をされてた)けれど、MacFanについていたフリーウェアにはだいぶ遊んだのを覚えています。Art School Dabbler,Canvas,Mathmatica,小学校5年頃の図工の授業でMac OS8のロゴのオマージュ(パクリ)を書いた事もありました。OS 8へのアップデートでソフトとの互換性が悪くなって爆弾を見る事が多くなって壊れるまでずっといじってました。テレビが無かった時期もパソコンがありました。
イタチョコシステムなんてのも懐かしいですね。
ご冥福をお祈りいたします。
2011年10月3日月曜日
以前動画でみたテイラー・ヒックスがハーモニカを演奏しながら登場してシーンがとても気に入っていたのと、最近iTunseで購入したbela fleck & the flecktonesの演奏のハーモニカが素敵だったので、ぶらっとよった楽器屋で眺めてみたら、3000円ちょっとでかえるみたいだったのでその場で購入してみました。なんか適当に吹くだけでいい音が出るのでとても楽しいですね。
あと、久しぶりに鉛筆を買った。この前はユニだったので今度はハイユニを購入してみた。
練習なので消しゴムを使わずに2H一本で2時間半程度。結構がんばってこのくらい。(iPhoneの写真の色が変になるので白黒にしてますが、クロッキー帳の黄色い紙に書いてます)
2011年9月24日土曜日
【書籍】人間の条件 / ハンナ・アーレント
人間の条件と行っても、人間と他の動物との違いを滔々と語るといったたぐいのものではなく、現代社会における人間の生きる「環境」そのものが「人間の条件」であるという前提のもと、その環境について現代までどのような変化が起こってきたのか、そしてその中で「私たちがおこなっていること(p017)」をテーマにして書かれていました。この環境とは、人間の社会的な状況はもちろん、科学的なもの、地球について、心に関する話など、さまざまなテーマにひろがっています。そこから「人間の条件」明らかにしていくものです。
詳しくはプロローグを読むといいと思います。基本的には、科学と技術についての内容が多かったと思います。
読み終えたと言っても、内容は多くの前提となる知識を要するもので、七割ちかくはチンプンカンプンだったと思います。特に、権力、体力、実力という言葉を使って語られていた政治的な思想の部分や、「工作人」がなぜ特別な存在なのかについてか(ココは結構話題の核となる部分だったのですが....)という事について語られている部分はいまいち理解できない部分でした。もともと言葉の扱いが複雑であった事と、いわゆる近代以前の政治、思想、宗教についての前提知識が皆無に近いので、なかなか理解するという所まではたどり着けませんでした。
父にこの事を話したところ、ハンナアーレントは、ユダヤ人で、ナチスの迫害から逃れてアメリカに亡命した過去があって、それを前提として読むと面白い、ということで伝記を読む事を進められましたが、「理解できない」や「違和感をかんじる」ということはとても大切な事だとおもったので、あえてそういったものを前提知識として取り込まずに、わからないところはわからないままで読み進めていきました。その部分については、そのうち気になったら調べてみようかなと思っています。
序文に関しては、とても刺激的な内容でした。難しくはなく数ページなので読んでみると面白いです。
最後の方に書かれた1文でこの本で語ろうとしていた理由の一遍が伺えます。
人間の生活が機械化することによってさまざまなことが変わっていったように見えているが、自然のサイクルから、労働のサイクルへかわっていっただけで、決して人間が自然的(動物的?)な生き方から脱したのではなく、抽象的な視点からいえば同じような逃れる事のできないサイクルの中で生きている。そして、そういう世界の中で、「人間」が「人間」として育むべき社会というのが見失われてしまっているのではないか、という事に警鐘を鳴らしているという事がなんとなくですが伝わってきた気がします。
こういった世界を目の当たりにしたとき、次の時代を人はどのように生きる事ができるのか。今、誰の目に見ても世の中が大きく変わりつつあるとおもいます。株価の下落のような資本主義の揺らぎ、大きな災害、宇宙についての話、様々な場所でおこっている革命、昨日は光の速度を超える物質の計測結果がでるなるなどがありましたっけ。そういう新しい変化が起こっている中で、次にどういった世界、社会を目指していくのか、時代をどう見ていく事が欲されているのか。そういうことについてこの本はかたりかけているような気がします。とても難しくてチンプンカンプンですが、今、この本を読む事にはきっと意味があります。
そんな漠然とした思いを寄せながら、この本を読み終えました。また、理解できるようになったとき、もう一度読みたい。そんな一冊でした。
難しいので、松岡正剛さんの読みを。僕は割と的外れな読み方だったような気もします。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0341.html
どうせなのでwikipediaも貼っときます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%AE%E6%9D%A1%E4%BB%B6
次は、メルロポンティ「知覚の現象学」を読み進めます。
詳しくはプロローグを読むといいと思います。基本的には、科学と技術についての内容が多かったと思います。
読み終えたと言っても、内容は多くの前提となる知識を要するもので、七割ちかくはチンプンカンプンだったと思います。特に、権力、体力、実力という言葉を使って語られていた政治的な思想の部分や、「工作人」がなぜ特別な存在なのかについてか(ココは結構話題の核となる部分だったのですが....)という事について語られている部分はいまいち理解できない部分でした。もともと言葉の扱いが複雑であった事と、いわゆる近代以前の政治、思想、宗教についての前提知識が皆無に近いので、なかなか理解するという所まではたどり着けませんでした。
父にこの事を話したところ、ハンナアーレントは、ユダヤ人で、ナチスの迫害から逃れてアメリカに亡命した過去があって、それを前提として読むと面白い、ということで伝記を読む事を進められましたが、「理解できない」や「違和感をかんじる」ということはとても大切な事だとおもったので、あえてそういったものを前提知識として取り込まずに、わからないところはわからないままで読み進めていきました。その部分については、そのうち気になったら調べてみようかなと思っています。
序文に関しては、とても刺激的な内容でした。難しくはなく数ページなので読んでみると面白いです。
最後の方に書かれた1文でこの本で語ろうとしていた理由の一遍が伺えます。
本書はこの現代世界を背景にして書かれたものであるが、現代世界そのものについては議論しない。いいかえると、人間の条件そのものが変化しない限り二度と失われることの無い人間の一般的能力の分析に限定されている。
人間の生活が機械化することによってさまざまなことが変わっていったように見えているが、自然のサイクルから、労働のサイクルへかわっていっただけで、決して人間が自然的(動物的?)な生き方から脱したのではなく、抽象的な視点からいえば同じような逃れる事のできないサイクルの中で生きている。そして、そういう世界の中で、「人間」が「人間」として育むべき社会というのが見失われてしまっているのではないか、という事に警鐘を鳴らしているという事がなんとなくですが伝わってきた気がします。
こういった世界を目の当たりにしたとき、次の時代を人はどのように生きる事ができるのか。今、誰の目に見ても世の中が大きく変わりつつあるとおもいます。株価の下落のような資本主義の揺らぎ、大きな災害、宇宙についての話、様々な場所でおこっている革命、昨日は光の速度を超える物質の計測結果がでるなるなどがありましたっけ。そういう新しい変化が起こっている中で、次にどういった世界、社会を目指していくのか、時代をどう見ていく事が欲されているのか。そういうことについてこの本はかたりかけているような気がします。とても難しくてチンプンカンプンですが、今、この本を読む事にはきっと意味があります。
そんな漠然とした思いを寄せながら、この本を読み終えました。また、理解できるようになったとき、もう一度読みたい。そんな一冊でした。
難しいので、松岡正剛さんの読みを。僕は割と的外れな読み方だったような気もします。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0341.html
どうせなのでwikipediaも貼っときます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%AE%E6%9D%A1%E4%BB%B6
次は、メルロポンティ「知覚の現象学」を読み進めます。
2011年9月23日金曜日
【日記】2011.09.23
静かな金曜日の祝日だった。
嵐が去って、誰かの言っていた通りに肌寒さを覚えるような季節にった。着る洋服の袖も長くする必要があり、新しい服を探すために少しだけマルイによってみたりもしたけれど、案の定何も買わなかった。
何かを好きになる覚悟は、時に孤独になる覚悟でもあるのだそうだ。
正確な言葉を覚えてはいないけれど、2週間ほど前に、自分が「好きだ」と思ったものを「好きだ」とちゃんと言う事はとても孤独である。という趣旨の話をお酒の席で聞いた。ここ数年、テレビはニュースと映画しか見ていない。パソコンばかりだ。
テレビが壊れて家に無かった小学生の頃、テレビがあったときと同じように、毎日が楽しかった事だけは覚えている。あの頃の自分はいったい何をして、いったい何が好きで、そして、いったい何を話題にしていたのだろうか。
いまとなっては、とうてい思い出す事のできないことだ。
嵐が去って、誰かの言っていた通りに肌寒さを覚えるような季節にった。着る洋服の袖も長くする必要があり、新しい服を探すために少しだけマルイによってみたりもしたけれど、案の定何も買わなかった。
何かを好きになる覚悟は、時に孤独になる覚悟でもあるのだそうだ。
正確な言葉を覚えてはいないけれど、2週間ほど前に、自分が「好きだ」と思ったものを「好きだ」とちゃんと言う事はとても孤独である。という趣旨の話をお酒の席で聞いた。ここ数年、テレビはニュースと映画しか見ていない。パソコンばかりだ。
テレビが壊れて家に無かった小学生の頃、テレビがあったときと同じように、毎日が楽しかった事だけは覚えている。あの頃の自分はいったい何をして、いったい何が好きで、そして、いったい何を話題にしていたのだろうか。
いまとなっては、とうてい思い出す事のできないことだ。
2011年9月20日火曜日
【日記】2011.09.20
今日、生まれた村のあった場所に行ってきました。
名古屋駅から東海道本線で二駅。清洲駅から歩いて30分ほどの所にあった春日村というところが僕の生まれた村だったそうです。生まれて一年ほどしかそこに住んではいなかったそうなので、全く記憶には残っていませんが、「春になるとさくらの花が咲くところだった」という話は聞いていて、一度は行ってみたいと思っていた場所でした。
午後になるとその周辺地域には大雨による避難勧告が出されたようですが、僕は午前中にその場所へと向かいました。警報がでていただけあって、かなりひどい雨でした。
今では、清須市になったそうですが、今も変わっていないと聞いていたその村の様子は、それまで思っていた「村」というイメージとはだいぶ違うものでした。村の入り口には小さな美術館があり、その前を流れる五条川の景色は、それでなくても春の日の美しい景色が理解できるようなほどにさくらの木が立ち並んでいました。広々としたグラウンドの中学校や、野球場、古くからありそうな喫茶店がいくつか並んでいたりと、とてもいい街のようでした。(雨が降っていたので、人の様子が見られなかったのはとても残念でしたが。)
春日村は、日本で一番面積の小さな村だったそうです。村長の言葉の書かれた碑や、衆議院議員がたてたと思われる碑がおいてあったり、郷土資料館などがあったりするなど、とても豊かな村であったんだろうと思いました。
雨があまりひどくなりすぎなければいいですね。
その前日までみんなといっていた大阪はとても楽しかったです。いろいろまとめきれないので、また今度。
名古屋駅から東海道本線で二駅。清洲駅から歩いて30分ほどの所にあった春日村というところが僕の生まれた村だったそうです。生まれて一年ほどしかそこに住んではいなかったそうなので、全く記憶には残っていませんが、「春になるとさくらの花が咲くところだった」という話は聞いていて、一度は行ってみたいと思っていた場所でした。
午後になるとその周辺地域には大雨による避難勧告が出されたようですが、僕は午前中にその場所へと向かいました。警報がでていただけあって、かなりひどい雨でした。
今では、清須市になったそうですが、今も変わっていないと聞いていたその村の様子は、それまで思っていた「村」というイメージとはだいぶ違うものでした。村の入り口には小さな美術館があり、その前を流れる五条川の景色は、それでなくても春の日の美しい景色が理解できるようなほどにさくらの木が立ち並んでいました。広々としたグラウンドの中学校や、野球場、古くからありそうな喫茶店がいくつか並んでいたりと、とてもいい街のようでした。(雨が降っていたので、人の様子が見られなかったのはとても残念でしたが。)
春日村は、日本で一番面積の小さな村だったそうです。村長の言葉の書かれた碑や、衆議院議員がたてたと思われる碑がおいてあったり、郷土資料館などがあったりするなど、とても豊かな村であったんだろうと思いました。
雨があまりひどくなりすぎなければいいですね。
その前日までみんなといっていた大阪はとても楽しかったです。いろいろまとめきれないので、また今度。
2011年9月15日木曜日
【日記】2011.09.15
最近少し早起きをするようになった。
朝起きて、カーテンを開けて、新聞をとりこんで、シャワーを浴びて、ご飯を食べる。8月がとうにおわり、9月も半ばになったというのに、夏の湿気た空気だけを損なった行き遅れた真夏日がまだ関東地方をうろついている。とはいえ、それでも、朝の時間の外の空気はとても心地いい。7時の半ば頃に朝の時間に一つ目の境目があるようで、まだほんのりと静けさの残っている7時代前半の時間に家をでるようにしている。少し時間が経ってくると、空気がかわり通学する人を多く見かけるようになる。この時間電車が混んでいるのを見ると、世の中の朝の早さに驚く。
そんな生活にも少しずつなれてきて、こうして朝の出かける前の時間に日記を書いたりして。
ここ最近は、まぁだいたいそんな感じ。
朝起きて、カーテンを開けて、新聞をとりこんで、シャワーを浴びて、ご飯を食べる。8月がとうにおわり、9月も半ばになったというのに、夏の湿気た空気だけを損なった行き遅れた真夏日がまだ関東地方をうろついている。とはいえ、それでも、朝の時間の外の空気はとても心地いい。7時の半ば頃に朝の時間に一つ目の境目があるようで、まだほんのりと静けさの残っている7時代前半の時間に家をでるようにしている。少し時間が経ってくると、空気がかわり通学する人を多く見かけるようになる。この時間電車が混んでいるのを見ると、世の中の朝の早さに驚く。
そんな生活にも少しずつなれてきて、こうして朝の出かける前の時間に日記を書いたりして。
ここ最近は、まぁだいたいそんな感じ。
2011年9月11日日曜日
【漫画】土星マンション
前に漫画売り場で気になっていた『土星マンション』を昨日帰りに購入して読んだところ、その中身がとても面白かったので、今日、また三冊買った。
宇宙にすむ人々の話で、それぞれの人間がしっかりと個性的に描かれていて、とても人間らしくてよかった。
宇宙ふくっていいですよね。
宇宙にすむ人々の話で、それぞれの人間がしっかりと個性的に描かれていて、とても人間らしくてよかった。
宇宙ふくっていいですよね。
2011年9月10日土曜日
【日記】渋谷を歩く
今日も渋谷に行ってきた。
いつもどおり、渋谷らしい事は一つもせずに、ただセンター街を奥まで歩いて帰ってきた。それだけ。
社会人になってから宇田川町にある牛ホルモンのつけ麺屋にたまにいくようになったので、夜お腹がすいたときに一人でセンター街を歩いて、かえってくるなんて事はそこそこあるけれど、今日はそのつけ麺屋には行かなかった。
朝、Twitterを見ていたら、センター街が「バスケットストリート」に改名するという内容のものが流れていて、特にセンター街にも思い入れはないし、たとえ「バスケットストリート」なんていう違和感しか無いような名前に変わったとしても、きっと何も変わりはしないけれど、ふと思い立って歩きながら録音してみた。
Center-gai by tuskajizo
こうして改めて渋谷を聴いてみると。とても面白いと思う。声が入ってしまっている録音は使いにくいけど、恣意的なものではないので。
センター街をぬけた少し先の暗がりに、とても立派なたらいがおいてありました。ちかくに「ヨシモト∞ホール」があったことはいうまでもありません。
いつもどおり、渋谷らしい事は一つもせずに、ただセンター街を奥まで歩いて帰ってきた。それだけ。
社会人になってから宇田川町にある牛ホルモンのつけ麺屋にたまにいくようになったので、夜お腹がすいたときに一人でセンター街を歩いて、かえってくるなんて事はそこそこあるけれど、今日はそのつけ麺屋には行かなかった。
朝、Twitterを見ていたら、センター街が「バスケットストリート」に改名するという内容のものが流れていて、特にセンター街にも思い入れはないし、たとえ「バスケットストリート」なんていう違和感しか無いような名前に変わったとしても、きっと何も変わりはしないけれど、ふと思い立って歩きながら録音してみた。
Center-gai by tuskajizo
こうして改めて渋谷を聴いてみると。とても面白いと思う。声が入ってしまっている録音は使いにくいけど、恣意的なものではないので。
センター街をぬけた少し先の暗がりに、とても立派なたらいがおいてありました。ちかくに「ヨシモト∞ホール」があったことはいうまでもありません。
2011年9月4日日曜日
2011年8月29日月曜日
【日記】夏休みとその終わり
今年の夏も相もかわらず反省しきりだった気がします。
昨日は三輪車世界選手権2011に行ってきました。
三輪車漕ぐのも楽しかったし、ほとんどが初めての人だったけれど、
みんなでワイワイしてるのもとても楽しかった。みんなありがとう。
End of summer by tuskajizo
昨日は三輪車世界選手権2011に行ってきました。
三輪車漕ぐのも楽しかったし、ほとんどが初めての人だったけれど、
みんなでワイワイしてるのもとても楽しかった。みんなありがとう。
今日は、筋肉痛の中仕事は久々のお休みをいただいてゆっくり過ごしました。3時頃に散歩をしていると子供たちが走り回っていて、ミンミンゼミが鳴いて。なんか久々に夏休みを感じてしまいました。
今年の夏も、もう終わり。せっかくなので、今年の夏の終わりを録音しておきました。
End of summer by tuskajizo
2011年8月28日日曜日
【music】Taimane's Toccata / キュート・ポップ
スーパーウクレレプレイヤー
タイマネちゃんの、超絶ウクレレプレイ。
プレイもすごいけれど、映像もかなりいい。
ヒゲドライバー「キュート・ポップ」のcubesatoさん版リミックス。
一言感想を言うなら。
キュートでポップ。
これしかないでしょう。
タイマネちゃんの、超絶ウクレレプレイ。
プレイもすごいけれど、映像もかなりいい。
ヒゲドライバー「キュート・ポップ」のcubesatoさん版リミックス。
一言感想を言うなら。
キュートでポップ。
これしかないでしょう。
2011年8月20日土曜日
【music】最近はまったもの。
メモ。
青葉市子さん。先輩に教えていただいた。
宮内 優里さん。なんで知ったのかあまり覚えてない。
ほとんど触っていないけど、SoundCloudいい感じ。
LOOP04 by digitypo
Queen のこの曲。曲調がすごい明るくて元気でる。
青葉市子さん。先輩に教えていただいた。
宮内 優里さん。なんで知ったのかあまり覚えてない。
ほとんど触っていないけど、SoundCloudいい感じ。
LOOP04 by digitypo
Queen のこの曲。曲調がすごい明るくて元気でる。
2011年8月7日日曜日
【日記】2011.08.06
昨日は大学の研究会の同期のすてきな結婚パーティの前に、恵比寿で前々から行きたかったヴェルデという喫茶店に行ってきました。
コーヒーがすべて500円で飲めるすてきな雰囲気の喫茶店でした。中に入るととても趣のある喫茶店ですが、こだわりの個人経営喫茶店にありがちな、なんだか少し入りにくいハードルの高さはあまりなく。且つとてもおいしいコーヒーが飲めます。
ボールペンで書いた砂糖入れ。うまい下手はともかく、ボールペンと紙があれば何時間でも暇をつぶせるような気がする。
コーヒーがすべて500円で飲めるすてきな雰囲気の喫茶店でした。中に入るととても趣のある喫茶店ですが、こだわりの個人経営喫茶店にありがちな、なんだか少し入りにくいハードルの高さはあまりなく。且つとてもおいしいコーヒーが飲めます。
ボールペンで書いた砂糖入れ。うまい下手はともかく、ボールペンと紙があれば何時間でも暇をつぶせるような気がする。
2011年8月4日木曜日
2011年7月31日日曜日
2011年7月22日金曜日
【日記】自転車買った。
月曜日にずっと欲しかった自転車を買いました。イタリアのBianchiというメーカーのクロスバイクです。
試運転で、町田から江ノ島まで行ってきました。60キロ以上は走ったと思うけど、ほとんど疲れが残らないくらい快適ですばらしかったです。
2011年7月17日日曜日
【書籍】知覚の中の行為
「知覚の中の行為 / Action In Perception」(アルヴェ・ノア/門脇俊介+石原孝二監訳 飯島裕治+池田喬+吉田恵吾+文景楠訳)を読み終わりました。近所の書店をぶらついていて何となく手に取って買った本でしたが、なかなか読み応えのある本で、かなりとぎれとぎれで5ヶ月間かけてじっくり読みました。
最近は、マイケル・サンデル教授の『これからの「正義の話」をしよう』のような、「正義」や「自由」に関する哲学がはやりのようですが、個人的には存在論や、人間のこころに関する哲学(いわゆるコミュニケーション系の心理学ではなく、人間や動物の心の形成に関する話)に関心があるので、非常に興味深い文章でした。
この本で伝えられている内容は1ページ目に明示されていて、本全体を通して以下の主張が丁寧に説明されていました。
ネットで検索をかけると、否定的な考察(http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2009/04/report-the-cuny-cognitive-scie/)もあるみたいで、一つの論点として認知論や、存在論的哲学において注目すべき内容の一つなのではないかという事を想像しています。ただ、自分自身は哲学や認知系に関しては専門ではないので、この内容の妥当性に関して議論は専門家にお任せする事にして、この文章から読み取れる内容に関して、純粋に自分が気になったところや思ったところの感想を書こうと思います。
この著書では、知覚と行為は切り離す事のできない相互的な関係性であり、人間の知覚というものは感覚器の刺激として独立しているものであるという考えを退けて、その刺激自体を不完全でかつそれ単体では意味を持たないものとして説明されています。
人間の心の動きからは、視覚的な知覚を得る場合でも、聴覚的な知覚を得る場合でも、必ず行動可能性に結びつけて語る事ができる。つまり、視覚的な表現、聴覚的な表現、などさまざまな表現の中で人間の行為に直接結びつける表現が、人間のこころの変化に大きく関わるということが考えられるでしょう。これはFlashとかを作れる人であれば、簡単に実験をする事ができると思うので、やってみると面白いと思いました。もちろん自分の体験としても、実感しやすいく楽しいとおもいます。
また、こういった立場は、人間が人間の知覚的機能を損なわず、いかに環境に順応した生活をおくることができるか、またそうするためにどのような道具を生み出すかに対する、一つの指標になるのではないかと思いました。僕が、マイクロソフトの描いた2019年の構想(http://youtu.be/RWxqSEMXWuw)にとても共感を覚えるのも、この知覚と行為における関係性がわかりやすい形で技術的な世界へと投影されているからであるとおもっています。
人間の行動が「こころ」の形成に大きく関わりを持っているのならば、人間が集まりコミュニケーションをとる「社会」を作るのも、人間の暮らす「環境」を作るのも、人間の行動ということになります。表現は大げさになりましたが、人間の行動はそこまでマクロなものでもメタなことでもないと思っています。大切なのは、とても小さな人間の所作だと思うのです。
まぁ、こうやってあれこれ語るのは簡単な事ですが、実際にやろうとするとなかなか難しいものです。実践でできているかどうかと事を棚に上げたとしても、自分が何を勉強したらいいか、何をしていきたいかを決めるのにはとてもに役に立っていると思います。すくなくとも今、こういった視点に立つと、とても面白い時代だと思うのです。
最後に、監訳者のあとがきにも書いてある通り、古典的で有名なものから最近の注目すべき研究に至るまで、知覚に関する経験的研究を参照しながら、考察を進めている文章でした。所々専門的な語彙や、分野に特化した専門家の引用が利用されて入るものの、全体を通して非常に明確でわかりやすい表現が利用されている翻訳だと思うのでとても読みやすいです。
前提知識として、ギブソンの話とかデカルトとかそこら編に関心(僕も深くは知らない)を持っていると楽しめると思います。あと、ガンダムとかのように人間宇宙行ったら知覚のしかたがかわってニュータイプ的な新しい知覚が生まれるのではないか、とかが妄想ができて楽しいです。
最近は、マイケル・サンデル教授の『これからの「正義の話」をしよう』のような、「正義」や「自由」に関する哲学がはやりのようですが、個人的には存在論や、人間のこころに関する哲学(いわゆるコミュニケーション系の心理学ではなく、人間や動物の心の形成に関する話)に関心があるので、非常に興味深い文章でした。
この本で伝えられている内容は1ページ目に明示されていて、本全体を通して以下の主張が丁寧に説明されていました。
「この本の主要な着想は、知覚と行為の仕方であるということにある」p1
「知覚経験は、私たちが身体的技能を所有している事のおかげで内容を獲得する事ができるのである。私たちが何かを近くするかは私たちが何を行うか(あるいは、どういう技能知をもっているか)によって想定される。私たちが何をできるかによって規定されている」 p1 - p2
ネットで検索をかけると、否定的な考察(http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2009/04/report-the-cuny-cognitive-scie/)もあるみたいで、一つの論点として認知論や、存在論的哲学において注目すべき内容の一つなのではないかという事を想像しています。ただ、自分自身は哲学や認知系に関しては専門ではないので、この内容の妥当性に関して議論は専門家にお任せする事にして、この文章から読み取れる内容に関して、純粋に自分が気になったところや思ったところの感想を書こうと思います。
この著書では、知覚と行為は切り離す事のできない相互的な関係性であり、人間の知覚というものは感覚器の刺激として独立しているものであるという考えを退けて、その刺激自体を不完全でかつそれ単体では意味を持たないものとして説明されています。
人間の心の動きからは、視覚的な知覚を得る場合でも、聴覚的な知覚を得る場合でも、必ず行動可能性に結びつけて語る事ができる。つまり、視覚的な表現、聴覚的な表現、などさまざまな表現の中で人間の行為に直接結びつける表現が、人間のこころの変化に大きく関わるということが考えられるでしょう。これはFlashとかを作れる人であれば、簡単に実験をする事ができると思うので、やってみると面白いと思いました。もちろん自分の体験としても、実感しやすいく楽しいとおもいます。
また、こういった立場は、人間が人間の知覚的機能を損なわず、いかに環境に順応した生活をおくることができるか、またそうするためにどのような道具を生み出すかに対する、一つの指標になるのではないかと思いました。僕が、マイクロソフトの描いた2019年の構想(http://youtu.be/RWxqSEMXWuw)にとても共感を覚えるのも、この知覚と行為における関係性がわかりやすい形で技術的な世界へと投影されているからであるとおもっています。
「動物が初めて「心」というものをもったのは、環境からの刺激が自分の身体に与えている影響に関して、行為に基づいた表象を蓄積する(そしておそらくは、想起し、加工する)ことが初めてできるようになったときのことだ」 - p376 (Humphery 1992,42) ハンフリーの研究からの引用
人間の行動が「こころ」の形成に大きく関わりを持っているのならば、人間が集まりコミュニケーションをとる「社会」を作るのも、人間の暮らす「環境」を作るのも、人間の行動ということになります。表現は大げさになりましたが、人間の行動はそこまでマクロなものでもメタなことでもないと思っています。大切なのは、とても小さな人間の所作だと思うのです。
まぁ、こうやってあれこれ語るのは簡単な事ですが、実際にやろうとするとなかなか難しいものです。実践でできているかどうかと事を棚に上げたとしても、自分が何を勉強したらいいか、何をしていきたいかを決めるのにはとてもに役に立っていると思います。すくなくとも今、こういった視点に立つと、とても面白い時代だと思うのです。
最後に、監訳者のあとがきにも書いてある通り、古典的で有名なものから最近の注目すべき研究に至るまで、知覚に関する経験的研究を参照しながら、考察を進めている文章でした。所々専門的な語彙や、分野に特化した専門家の引用が利用されて入るものの、全体を通して非常に明確でわかりやすい表現が利用されている翻訳だと思うのでとても読みやすいです。
前提知識として、ギブソンの話とかデカルトとかそこら編に関心(僕も深くは知らない)を持っていると楽しめると思います。あと、ガンダムとかのように人間宇宙行ったら知覚のしかたがかわってニュータイプ的な新しい知覚が生まれるのではないか、とかが妄想ができて楽しいです。
2011年7月7日木曜日
【日記】2011.07.07
人生って何だろう。ってふと考える時がある。それは、突然にそして度々に訪れるのだ。自分ぐらいの歳になれば多少哲学的であってもいいと思うけれど、むしろ恋愛のうまく行かない中学生の考えるそれとほぼ似通っていると思った方が近い。今日も年老いた飼い犬のたれながした小便をひとり家で拭いながら、そんな事を考えるのだった。(ちなみに犬の事は大好きだ。)
まぁ、だからどうしたというところなんですけどね。恋愛のうまく行かない中学生って誰だよって感じ。
嗚呼、空し。
【日記】すこしだけ電子書籍
最近、暇なときにゆるゆるとiPhoneで電子書籍を読むようになってきた。とはいえ、じっくり読むのにはまだ慣れるのに時間がかかりそうだ。
ある友人の日記に坂口安吾が引用されていた。安吾の書く文章は、過激でそして過激なまでに寛容で、そしてとてもひねくれている。これは全くの想像だけど、美しくなりきる事のできない自分を疎んじて皮肉っていたんじゃないかと、そんな気がしている。
説明づけられた精神から日本が生れる筈もなく、又、日本精神というものが説明づけられる筈もない。日本人の生活が健康でありさえすれば、日本そのものが健康だ。
「日本文化私感」坂口安吾
今日も、相変わらず誤字脱字だらけだった。
2011年7月3日日曜日
【日記】七夕祭
今週の土曜日、SFCの七夕祭へと足を運びました。自分たちの学年が中心に運営に携わっていた時期からもう5年が経ったことを考えると、月日の流れの早さを身にしみて感じます。動き回っているスタッフの姿を見て、撤収の日の夕方の何とも言えない寂寥感あふれるあの風景はもう二度と見ることはないだろうな、という思いで少し感傷的になってみたりもしましたが(5年もたってるのに!)、全体を通してとてものんびりできました。昼間からお酒飲んでたし(二日酔いなのに!)。
楽しそうな子供たちや、花火に沸き上がる歓声をみると、祭りの醍醐味は、それを楽しむそれぞれの人が作るもなんだなって言うことを改めて実感した夜でした。
早めに電池が切れてしまったのでにぎわってる祭りがとれなくて残念!
2011年6月25日土曜日
【日記】Motion5購入!
モーショングラフィックスに最近はまっていて、そのタイミングでAppleからMotion5が発売されました。しかも5800円。値段にして飲み会2回分。一昨日、なにも考えずに購入してしまいました(iTunesカードをビックカメラで購入しました)。モーショングラフィックスは仕事にも結構関わってきたりするのも含めて、個人用に趣味で買うにはかなりいい値段だと思います。
普段はモーション部分はスクリプトぐらいだし、AFTER EFFECTもほぼ触ったことなかったのですが、初めて起動するところから、音源の制作(キーボード打ったり、缶をつぶしたり)も含めて2時間ちょっとでムービーを作成してみました。たったの5秒だけど。
うーん、これはいい買い物をした気がするぞ。たのしい。
普段はモーション部分はスクリプトぐらいだし、AFTER EFFECTもほぼ触ったことなかったのですが、初めて起動するところから、音源の制作(キーボード打ったり、缶をつぶしたり)も含めて2時間ちょっとでムービーを作成してみました。たったの5秒だけど。
うーん、これはいい買い物をした気がするぞ。たのしい。
2011年6月19日日曜日
2011年6月18日土曜日
【日記】絵がうまくなりたい!
芸術!とか、クリエイティブ!とか、そういう所まではいかなくても、やっぱりものを作ったり、プログラムをするときのプロトタイピングとか、人に使うときの図表の扱いとか、そういうのって必要で、だから前から「絵がうまくなりたい!」と思ってた。あと、誰かがいってたけど、絵が描けるってことは、ものをちゃんと観察することだっていってた。観察力も欲しい。むしろ観察力が欲しい。
思っているだけではどうにもならないことが、この歳(25)にもなってようやくわかってきた気がするので、練習しよう!と思った。というわけで、ただいま練習中、少しずつうまくなってきている気がするのがとても楽しい。
ラベル:
drawing
2011年6月17日金曜日
【日記】名刺きた!!
最近、イラストレーターを触る機会もめっきり少なくなったので、たまには何か作ろうと思い、この前のアドビのセミナーがあったときに、こういうときにあったら便利じゃん!!とおもって個人用の名刺を作った。といっても、PR用とかではないので名前とブログとGmailだけしかのせてませんが。
なかなかいい感じ。テンションアガル!!
2011年6月14日火曜日
2011年6月13日月曜日
2011年6月12日日曜日
【日記】2011.06.12
うーん。普通の休みの日だった。最近絵を描くことにはまっている(うまくはない)ので、ペンケースを鉛筆用に作り替えた。といっても、サイズを小さくするためにひもをつけたというだけ。久々に針と糸をもって縫い付けたのだけど、意外ときれいな縫い目になった。もちろん裏っかわはみないお約束だけど。
ドヤッ
これで女子力アップだ!!(白目)
しかも、このたいしたことない感じ。
そんなことを日記のネタにしようかと考えながら、鶴川のスタバにいって読書。帰り道は、女子力はいいとして、男子力的なものって何なんだ、とか考えてました。電動自転車に載っている時点で男子力は地の底まで吐いて捨てたようなものですが、それっぽいものがスポーツ観戦(サッカー選手の名前を言えるとか、野球選手の名前を言えるとか)しか思い浮かばなかったので、どうでもよくなりました。
上にはった写真とったとき、机の上が若干傷だらけで、これ「男子っぽい!!」っておもったけど、なんかただ汚いだけだったので消しときました。あと、ついでに色も補正した。(若干の違和感)
あと全く話は変わるけど、麦わら帽子すごい似合ってる人みて、麦わら帽子が欲しくなった。
ドヤッ
これで女子力アップだ!!(白目)
しかも、このたいしたことない感じ。
そんなことを日記のネタにしようかと考えながら、鶴川のスタバにいって読書。帰り道は、女子力はいいとして、男子力的なものって何なんだ、とか考えてました。電動自転車に載っている時点で男子力は地の底まで吐いて捨てたようなものですが、それっぽいものがスポーツ観戦(サッカー選手の名前を言えるとか、野球選手の名前を言えるとか)しか思い浮かばなかったので、どうでもよくなりました。
上にはった写真とったとき、机の上が若干傷だらけで、これ「男子っぽい!!」っておもったけど、なんかただ汚いだけだったので消しときました。あと、ついでに色も補正した。(若干の違和感)
あと全く話は変わるけど、麦わら帽子すごい似合ってる人みて、麦わら帽子が欲しくなった。
2011年6月9日木曜日
【日記】2011.06.09
長々と日記を書こうと思っていましたが、そんなやる気も出ずに既にこんな時間になってしまってしまいました。何について書こうと思っていたかというと、自分とインターネットの向き合い方についてでした。まことにもって自分語りな訳ではありますけれども、それにもちゃんとした理由があるのです。いや、むしろその自分語りこそが自分とインターネットの向き合い方の原点でした。もう少し厳密に言うと発信者としての向き合い方になる訳ですが。。。。どういうことかというと、自分自身の発信者(?)としてのインターネットとしての向き合い方は、基本的には「アーカイブ」と「コネクション」という二つの言葉に集約されるのではないか、と思っています。むしろこれ以上広げるのは自分にとってもよくないことなのではないか、とも思っています。その理由は、何となくそんなような気がする、程度のことですが。この日記の題名が、そのまま「日記」である理由も、シンプルなテンプレートをできるだけ使っている理由も、主義主張のない「日記」というのが根底にあるからです。単純に記録しているという意味を持たせるためでした。今和次郎とか、赤瀬川原平とか、宮本常一とか、そういう人たちに影響されつつ、そして大学の先輩が誰かに言われた「記録としての日記は残しておいてもいいと思う」という言葉をぼんやり頭の片隅におきつつ、とびとびではありますが、ブログというものをつづけていました。何よりずぼらな自分には、とても残しやすいのがブログでした。そして、この誰の役にも立たない長い長い自分語りを、「いつか何かの役に立つかもしれない。」と、ただこれからも記録し続けるものとしておくつもりなのです。
詳しくは書きませんでしたが「コネクション」の方は緩いつながりです。こう、”コネ”的なものではなく、隣のおじさんに毎朝挨拶する感じです。
また、そのうち書きます。
詳しくは書きませんでしたが「コネクション」の方は緩いつながりです。こう、”コネ”的なものではなく、隣のおじさんに毎朝挨拶する感じです。
また、そのうち書きます。
2011年6月6日月曜日
2011年6月5日日曜日
【日記】2011.06.04
なんかOpenCVを勉強する気が起きなかったので、Flashでも作ってみようと思って、なんかいろいろと設定とか思いのほか手こずってしまいこんな時間になってしまった。
away3dとtweenerでごにょごにょしている感じです。
テクスチャとか。カメラの調整とか。
あと環境で差が出ちゃいそうなのでチューニングもしないと。
2011年5月23日月曜日
2011年5月16日月曜日
2011年5月12日木曜日
【video】最近のお気に入り。
最近、ちょっとモーショングラフィックスがお気に入り。
3Dモーション
細金卓也さんのリール。カッコいい。
海外の学生さんらしい。かっこ良くておしゃれなのに、カワイイ。http://www.orikdesign.com
MAXON 25周年記念ムービー: WOW制作
3Dモーション
Partitura 001 from Abstract Birds on Vimeo.
細金卓也さんのリール。カッコいい。
海外の学生さんらしい。かっこ良くておしゃれなのに、カワイイ。http://www.orikdesign.com
MK Showreel 2011 from Monica Kim on Vimeo.
MAXON 25周年記念ムービー: WOW制作
2011年5月11日水曜日
2011.05.10
GW最後の日はみんなとバーベキュー。二子玉川のバーベキュー会場はなかなかの混み具合で、入場でやや待たされたりもしたけれど、とてもとても楽しかった。準備してくれた方々には頭が上がりません。(ヘコー
ただ一つ残念な事は前日に飲み過ぎて、胃が痛かった事だ。
夏にはまた、海に行きたい。
そういえば、へたくそな絵をなんとかしようと、ちょっとずつ書いていく事にした。tumblrに保存してキーかけてあるので、ウマくなったら解放してみようかなとおもったり思わなかったり。
2011年5月4日水曜日
2011.05.03
靴買ったけど、やっぱりナイキが一番はきやすい。
なんとなく、ウクレレをトレースしてた。30ぷんくらい。
右側に弦がないのは仕様です。
あとのどが弱冠痛い。
休みの日は特に何もしていない。
【訂正】ナイキが内規になってました。
なんとなく、ウクレレをトレースしてた。30ぷんくらい。
右側に弦がないのは仕様です。
あとのどが弱冠痛い。
休みの日は特に何もしていない。
【訂正】ナイキが内規になってました。
登録:
投稿 (Atom)